2010年10月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

コラムの最近のブログ記事

牛には上の歯がありません。
ほとんどの草食動物はまず、舌で草を巻き取って下の歯で草を噛み切ります。
そして発達した臼歯ですりつぶして飲み込むのです。同じ草食動物でもウマには
立派な前歯があります。噛まれるととてつもなく痛いので、ウマに触れる機会が
あったら噛まれないように気をつけてくださいね。

牛の胃袋は4つに分かれています。
食物を一度で消化することはせず「反芻(はんすう)」という方法によって吸収
しやすくなっております。
牛の食べた草・藁は、まず第1胃(こぶ胃=ミノ)に入り、それから
第2胃(はちの巣胃=ハチノス)に送られる。この2つの胃に棲息する
細菌などの働きによって、食物は吸収されやすくなるが十分とは言えない。
そこで行われるのが反芻だ。

はちの巣胃から食物を口へと戻し、そこで再び噛み砕くことでより吸収しやすくする。
こうして口で噛み直された食物は第3胃(重弁胃=センマイ)に送られ、 そこで
砕かれる。
最後に第4胃(しわ胃=ギァラ)に送られて、はじめて消化液の働きによって
消化されます。
( 他に反芻する動物はラクダ、ヤギ、シカ等 がおります。)

牛肉の部位詳細は>>>


牛肉に限りませんが、食肉はすぐ食べてもおいしく在りません。
食肉には何種類もの酵素がしばらく生きていて、酵素が自己消化と呼ばれる
作用を行うことで肉の旨みを引き出す。

これらの酵素による自己消化作用のことを、肉の「熟成」と呼んでいます。
熟成の速度は環境によって異なりますが、牛肉や羊肉では5~10日。
これは豚肉の約5日、鶏肉の約10時間と比較すると若干長い。
とはいえ、長くおけば良いというわけでもありません。通常、店頭に並んでいる
食肉は、基本的に熟成がすんでいると考えてください。

購入した肉は、早めに調理して食べていただきたいと思います。
『熟成』・・・酵素の自己消化作用によって食肉中の組織の分解が進んでいく。
分解によって旨みや風味が引き出されることを肉の「熟成」と呼びます。

牛ふん堆肥について

但馬地方では昔はほとんどの農家に牛がいました。
牛のふんは田や畑の貴重な肥料として使われていた。
農機具の発展で牛が減り、有機質の堆肥から、化学肥料が中心の農業になった。
作物の収量は飛躍的に上がった。でも、いつのまにか土の中にみみずが減った。
野菜の味も変わった。 今、有機質の堆肥の良さを見直してはどうでしょうか?

ふわふわな土、みみずのいる土、土の香りがする元気な土は、昔の味わいとミネラルを
含んだ品質の良い農産物を育てます。
牛ふん堆肥を使った美味しい農産物づくりに取り組んでいかがでしょうか。

水田への散布は、春 又は秋に散布し、なるべく早く耕うんします。
春の散布は田植え前の1ケ月前に行います。
野菜等の畑は、堆肥を前面に施用する場合、作付けの1ケ月前までに散布し、土となじむ
ように耕うんします。

畝(うね)に野菜を植え付けた後、畝の上に敷ワラの代わりにマルチとして施すと
雑草を抑えたり、土の乾燥を妨ぐ効果が在ります。
また、効果としては土が団粒化し柔らかくなり、微生物が増え病害虫へに抵抗力が高まります。
それから連続使用で連作障害が防止できます。

アメリカにおける畜産状況

今回は一人でも多くの皆様にアメリカ産牛肉の畜産業界の現実を知っていただきたい
思いから、中村三郎・著:【肉食が地球を滅ぼす】 から抜粋いたしました。

『ロッキー山脈を望むコロラド州グリーリー。
見渡すばかりのトウモロコシ畑と二分するように、フェンスで囲まれた巨大な土地が広がる。
フェンスの中には、何万頭もの牛が群れている。
東京ドームの 10個分はすっぽりと入ってしまうほど土地は広いが、牛たちが自由に動き回る
スペースはない。
50頭ほどずつ群分けしたパドックに入れられ、狭い囲い地の中でひしめき合っている。
木陰を作る樹木は1本もない。 ときおり突風で砂煙が舞う。
牛たちはけだるそうに、あるいはイライラしたふうに体を揺らせて、柵に沿って作られた
給餌槽に首を突っ込んでエサを食べている。

コロラド州のグリーリーに限らず、アメリカの北西部を中心に、 都市の郊外に行けば
どこでも見られる、ごくありふれた光景だ。
アメリカの牛肉ビジネスを支えているフィードロットである。
フィードロット(feed lot)とは、牛を放牧にせず、フェンスで仕切ったペン(牛囲い)に
入れて 効率的に肉牛を生産する集団肥育場のことをいう。
アメリカの肉牛生産は、大手食品メーカーによる5万頭から10万頭単位の大規模な
フィードロットの経営のもとに、徹底した大量生産が行なわれている。
肉牛は、だいたい次のような養育プロセスをたどって出荷される。
繁殖の専門業者が、種牛を、子牛の生産を行なっている農家に貸し出す。
農家は種付けをして子牛を出産させる。
生まれてしばらくは、子牛は母牛と一緒に過ごすが、6カ月から8カ月で離乳し、体重が
200キロを超した頃、子牛を育成業者に引き渡す。
育成業者は子牛を牧場で約1年間、 牧草を食べさせながら、体重が350キロ程度になる
まで飼育する。
そして、目標体重に達した牛は、フィードロットに送る。
フィードロットでは、牛を出身牧場ごとに分けてペン(牛囲い)の中に入れ、4カ月から5カ月の
短期間のあいだに穀物を主体とした配合飼料を与えて肥育する。

こうして体重が500キロ前後の成牛になると、食肉加工工場に出荷するのである。
フィードロットの牛は狭いペンの中に押し込められ、より早く、より太らせるために、青草の
代わりにトウモロコシや大豆などの濃厚飼料をひたすら食べさせられる。
加えて、病気の発生を未然に防ぐために抗生物質を投与される。
同時に、肥育効率と肉質を高めるためにホルモン剤も与えられる。
体重や体長をコンピュータで管理され、給餌や糞尿処理などすべて機械化された
システムの中で、監禁状態のような生活を強いられるのである。(中略)

牧場の牛といえば、かつては草原で1日のんびりと草をはんでいたものだ。
そして陽が沈む頃ともなると、 カウボーイがこれまたのんびりと馬で牛たちを畜舎へ
追っていく牧歌的な風景があった。
動物と人間のおだやかで自然なつながりとわかり合い、融合があった。
今は見る影もない。
フィードロットの牛たちは、命ある生き物として認められていないのだ。
人間の利益を生み出すビジネスの対象としてしか存在しない。
フィードロットは巨大な肉牛生産工場であり、 車やテレビを大量生産する機械工場と
同じなのである。』

これが現実です。

皆様はどう思われますか?  そして今現在また、
1頭 BSEが発生しました。

全頭検査について

これまでの経過→2004年の10月に政府が牛の全頭検査を緩和して、生後20カ月以下の
若い牛を検査対象から外す方針を打ち出しているのに対して、都道府県単位でBSE全頭検査の
独自継続の動きがある。

これに対して、政府は「ダブルスタンダードになって流通の現場で混乱を招く」と懸念を示している。
このままだと、自治体によっては、検査済みと未検査の牛肉が店頭に並ぶことになるので、 政府
としては統一(生後20カ月以下の若い牛を検査対象から外す)したいという思惑がある。

しかし、ブランド国内牛を飼育している自治体は政府の方針に従う気配はない。
元々、検査の緩和は、 「米国産牛肉の輸入再開」という隠された目的で出てきた案で、国民の
安全性意識とは大きく食い違っています。

そして年を明け、2005年3月アメリカサイドからの圧力が日に日に増し、とうとう政府は
生後20カ月以下の若い牛を検査対象から外す条例を採択した。
これって本当に国民の安全性を無視した採択ではなかろうか。
しかし一方ではアメリカとの仲が微妙になっているようです。
今話題になっています国連の常任理事国の問題でも 昨年までは賛成してくれていたでしょうが
今現在微妙に距離を置いているカンが在ります。

私は思います。やはりアメリカとはこれからもづっと仲良くしなければ問題が多々在ります。
アメリカから制裁お受けるまでに早く牛肉の輸入を再開しなければならないとも思います。
本当に難しい問題ですが、わが国だけは全頭検査は続けるべきです。
百済よりヨーロッパ種と在来種をかけ合わせた改良たねの食肉牛が、日本でも
輸入されるようになり、百済より子牛が奈良〔平安京)へと船積みされ、越前の
敦賀を目指し出港、そこでいつも通り対馬暖流に乗り、日本海を東進するのであるが、
その年によって対馬海流の強弱に左右され、日本列島への寄港地海岸も定まらず、
たまたまその年は対馬暖流が弱かったために、敦賀より西方に位置する但馬海岸
漂着、当時はそのような例は珍しくなかったと聞く。

幸いにも対馬の人達の厚い人情に触れて、乗員達は子牛の飼育を懇願してきた。
その事件を契機に、但馬地方で肉牛の飼育が始まったといわれている。

但馬の人達の努力と深究心によって、但馬牛は日本人好みの食肉牛を提供するまでになってきた。
但馬の畜産関係者達は、種族保存に勤め、牛の素牛(子牛)を出荷しました、 兵庫県の北部と
中部、京都の丹波、滋賀県の近江(湖東地方)そして三重県が主で、松阪牛、神戸牛、丹波牛、
近江牛のネーミングで高級和牛肉として今日まで来たわけです。

もちろん各地で独特な飼育をおこなっていくわけですが、但馬牛の子牛を、近江の人達の努力と
研究心により、数百年の時を経て、日本人好みの霜降り牛を提供するまでになって来たわけです。
昨今、世界の畜産業界でも、特異な肉質牛として、その存在感を高く評価されています。

仏教伝来とともに禁止されていた肉食が復活したのは戦国時代。
秀吉の小田原城攻めの時、豊臣秀吉・徳川家康・細川忠興らは高山右近に度々肉を
ご馳走になったという史実が残っている。

高山右近は近江の国甲賀群の出身で、近江には早くから肉食の習慣があったことがうかがえる。
牛肉にとって残念だったのは、肉食がポルトガル人宣教師によって広められたため、キリスト教と
ともに禁止されてしまったことだ。

だが例外はあった、彦根藩井伊家から将軍家や徳川御三家へ、養生品として毛の付いたままの
牛肉を味噌に漬け込んだものが献上されていた。
また、赤穂の大石内蔵助が堀部弥兵衛金丸に養生品として贈っていることから一般にも売られて
いたことがわかる。
禁止してはいたものの、肉食の風習を見てみぬふりをしていたようだ。

では、松阪牛についての名称由来であるが、時代は明治初期、近江牛は四日市港から船積み
されていた。
当時の四日市は、東国からの伊勢街道筋にあり、蛤(はまぐり)料理がとくに有名で、多くの
お伊勢参りの人達の休憩の場にもなっていた。

そこで松阪の知恵者が、蛤料理店の繁盛ぶりに目をつけ、永源寺越えで伊勢の地に入ってくる
近江牛(素牛の但馬牛)を松阪の地まで運ばせ、近江牛を短期間だけ飼育して松阪牛の名で、
伊勢街道筋に東国からのお伊勢参りの人達相手に、 当時日本人の間で流行のすき焼き屋を
開店、それがズバリ大当たり、元の牛である近江牛の肉質の良さが、参拝客の間で
大評判となり、益々店は繁盛して、松阪牛の名は広く東国まで知れ渡っていったという。

銘柄和牛ついて

和牛の銘柄は?っと聞かれますと60数%の方『松坂牛』とお答すると言われますが、
では松坂牛とは・・・

全国から優秀な血統の子牛を導入し、松阪牛個体識別管理システムの対象地域で肥育された、
未経産の黒毛和種の雌牛を『松阪牛』と呼んでいます 。
その中も典型的な松阪牛は但馬地方(兵庫県)より、生後7ヶ月~8ヶ月ほどの選び抜いた
子牛を導入し、約3年間、農家の手で1頭1頭手塩にかけ、稲わら、大麦、ふすま、 大豆粕などを
中心に与えながら肥育されます。
・・・とあります。

これは国内のBSE発生以降に改正しました。
以前は松阪牛肉牛協会が規定したもので「松阪肉牛は黒毛和種雌牛で松阪市を中心とした地域で
肥育した優秀種」とあります。
肥育とは素牛(子牛)を買い付けてきて育てることです。

つまり、松阪牛の血統でなくてもよいのです。
さらに松阪牛共進会(品評会のようなもの)の規約の中には「優秀賞に選出される牛は
兵庫県産但馬牛に限る」とあります。

これでは松阪の牛じゃないのに「松阪牛」なんて事になってしまいます。
また、 近年、有名になった「前沢牛」も、兵庫県美方郡産但馬牛の種牛と、島根県産の母牛から
生まれました。
松阪牛は三重県、前沢牛は岩手県の牛なのにです。
不思議なのですが、これが「当たり前」なのだそうです。
但馬牛という牛種を、各地で丁寧に肥育(育てた)牛は、その土地の牛となるのです。
とはいえ、昔からその土地土地で生まれ育てられた銘柄牛もいます。
畜産農家ではその地方独自の育て方や、各肥育家によるノウハウで、すばらしい肉牛を生産されて
います。
松阪・神戸・近江の三大銘柄の元は同じです。
というのも、その昔、彦根藩(近江地方)は江戸時代も牛を屠殺していました(おそらく食べても
いたでしょう)。
つまり「近江牛」が肉用牛としてはさきがけですね。
(これについては次回も触れます!)

そうなると「松阪牛」「近江牛」「神戸牛」とも『但馬牛』の子孫となります。
しかし、だからといって全てが同じなわけでは当然ありません。
それぞれ育て方も違えば、環境も違います。
そんなところが畜産の楽しみではないのでしょうか?
同じ血の流れを持っていながら、ライバルとして存在する。
そして、だからこそ私たちに豊かな食をもたらしてくれるのではないでしょうか。

先駆者に感謝。

アメリカでのBSE発生に思う

牛肉消費の3分の1を占めるアメリカでの発生は、流通業界、食品業界において相当の
打撃となります。
ましてや、年末商戦のさなか、一番の稼ぎ時のなかでの発生となりました。
私は以前から、アメリカでの発生は時間の問題だと思っていました。
カナダでの発生。インターネット上では約20%の鹿がBSEと似た症状を発症している
といわれています。


アメリカでのサンプリング検査も、カナダにBSEが発生して以降サンプル数を急速に増加
させてはいるものの、それでも、全体の0.005%(2万頭に1頭)に過ぎない状況です。
そのような環境の中で、 発生が確認されていないから安全だというのは大きな間違いだと思います。

実際に、日本でもサンプリング検査の中で初のBSEが確認されました。
その後全頭検査が行われるようになってからBSEと確認された8頭は、BSE特有の症状さえも
出ていません。
特に8、9頭目は、ヨーロッパで絶対 に発症しないといわれていた21~22ヶ月の牛の中で
発見されたのです。
これは、日本が世界に先駆けて全頭検査を実施した結果だと思っています。

2003年の4月からは20ヶ月以上の死亡牛全ても検査されています。
トレ-サビリティーも確立されつつあり、素性の不明な牛は屠畜(とちく)も禁止になりました。

アメリカは日本のBSE検査体制を『非科学的』と非難し、耳を傾けようともしませんでした。
しかし、日本の健全な畜産業の維持の為にも、 消費者の牛肉離れを防ぐためにも、一日も早く
問題を解決し輸入再開できることを望んでいます。
そのためには、日本で実施している全頭検査体制とトレーサビリティーの確立を、アメリカでも
早く実施すべきです。
決して、大国のおごりに屈してはならない。
それが消費者中心の食料政策に続くのではないでしょうか。

が、しかし政府はアメリカの輸入再開を早く求められているようでこれまでの国内の全頭検査を
見直し20ヶ月未満は検査対象外にすることを決めた。
かたや12月1日より小売店・お肉専門料理店の個体識別番号の表示義務を実施させています。
これって本当に消費者が安全?
せめて国内だけでもこれまで通り全頭検査はすべきではないでしょうか。

ブランドについて2003/9月

今、銘柄牛や原産地表示等でいろいろな問題が発生しています。
たとえば、外国で肥育され、生きたまま飛行機で輸入されても、日本で3ヶ月以上の肥育期間が
あれば、国内産牛肉となります。

また、国内産牛肉でも、最終肥育地が原産地となるのです。
この「原産地」という表示の示すものが曖昧(あいまい)なため、消費者も表示されていることを
信じるしかないというのが現状です。

生産者も消費者も納得できるようなルールを、一日も早く作る必要があると思うのです。
最近、銘柄牛の質が落ちた、あるいは、店頭に銘柄牛がなくなったという声をよく耳にします。
BSE・偽装問題発覚以前は、高格付けの牛肉が銘柄牛 として流通してきました。
それによって銘柄が保たれてきた感があります。

今後、トレーサビリティが機能し、原産地が明確になれば、銘柄牛は少しずつ減っていくような
気がします。
消費者も、銘柄に左右されず、おいしいものはおいしいとわかるようになって欲しいものです。
そのために、私たちは、安くておいしい牛肉の生産を心がけていきます。

国内BSE発生から早くも3年が経過しました。
消費も回復し、少しずつ経営も立ち直ってきました。
今回のBSEは、消費者だけでなく、私も、食についていろいろ考えることができました。
現在の日本において、食の安全・安心を考えるとき、『正直』という言葉が抜けているような
気がします。
雪印偽装事件をはじめとし、大手ハム会社など大問題になリました。
このような偽装問題がクローズアップされたのも、今回の特徴だと思います。

私自身、食を生産する一人として、常に『正直』に情報を公表しながら、牛肉を生産していきます。
当牧場の情報をHP上で公開し、皆様のご期待にそえるよう努力していきます。

今後とも、よろしくお願いいたします。

牛は人間と同じ十月十日(とつきとおか)の妊娠期間を経て、普通、一頭の子牛が生まれてきます。
生まれた子牛は母親のおっぱいを飲みながら大きくなります。
風邪もひけば、下痢もする。虫歯もあれば、けんかもする。体中真っ赤な血もながれています。

そんな牛に、2001年BSEが日本で始めて発生しました。
皆は、狂牛病といって牛が狂っているように思っていますが、本当は、 自律神経がおかされて
思うように動けないのが事実です。
誤解しないでください。狂ってはいません。
このページのTOPへ